4月, 2014年
滝宮天満宮
以前、初詣に向かって、駐車場が大渋滞で断念して以来、少し気になっていた「滝宮天満宮」に、好天に誘われて訪れた。
学問の神様として有名で、多くの絵馬が・・。
こんな話も・・。
お参りの人はみかけなかったものの、こちらも趣きがあった「滝宮神社」。
そして、コトデン滝宮駅も、歴史を感じさせる建物でした。
実は、菜の花畑も有名なのですが、ちょっと時期を逸しました。
鯉の季節
桜が散ると、若葉と鯉幟の季節の季節になりました。
かつては、田舎の道を走ると、そこここに見られた「こいのぼり」、昨今はなかなか見られなくなりました。
こんなところにも、少子化を感じます。
丸亀城の「こいのぼり」です。
以下は、ウィキペディアより。
そもそも、こいのぼりは門松や雛人形と同じく、江戸時代中期の裕福な庶民の家庭で始まった習慣であった。
端午の節句には厄払いに菖蒲を用いることから、別名「菖蒲の節句」と呼ばれ、武家では菖蒲と「尚武」と結びつけて男児の立身出世・武運長久を祈る年中行事となった。 この日武士の家庭では、虫干しをかねて先祖伝来の鎧や兜を奥座敷に、玄関には旗指物(のぼり)を飾り、家長が子供達に訓示を垂れた。
一方、大きな経済力を身につけながらも社会的には低く見られていた商人の家庭では、武士に対抗して豪華な武具の模造品を作らせ、のぼりの代わりに黄表紙の挿絵などを見ると五色の吹流しを美々しく飾るようになっている。
さらに、吹流しを飾るだけでは芸がないと考えたのか、一部の家庭で「竜門」の故事にちなんで、吹流しに鯉の絵を描くようになった。 現在の魚型のこいのぼりは、さらにそこから派生したものである。
ただし、これは主に江戸を含む関東地方の風習で当時の関西(上方)には無い風習であった。天保9年(1838年)の『東都歳時記』には「出世の魚といへる諺により」鯉を幟(のぼり)に飾り付けるのは「東都の風俗なりといへり」とある。
ジャズ・コンサート
4月22日、サンポートホール高松で、香川県ではなかなか聞けないジャズ・コンサートが行われます。
0877-45-4201 株式会社興仁 まで